ジュテームとガッデムとボートレース

ペラ調整の日々に全速まくり差しのスパイスを加えた逸品。チムリー特製パンチの効いたボートレースの味をお楽しみください。

SGグランプリ2020@平和島の振り返り【3】峰竜太に称号を~グランプリ2度目の制覇おめでとう!

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泣き虫王子、健在。

SGグランプリ2020@平和島の振り返り【2】2014年白井英治の忘れ物からの数珠繋ぎ - 競艇コラム - ジュテームとガッデムとボートレース


JLCの中継で桧村賢一さんが言っていました。

「2度もグランプリを取ったのだから、そろそろ王者のように称号が付いてもいいのじゃないか」

そう、もちろん、優勝した峰竜太についてです。確かに、グランプリ優勝してなくても称号じゃないけど?ホワイトシャーク(←荻野滋夫さんが名付けた)って呼ばれていて浸透している選手がいるし、峰にも何かあっても良さそう。あ、泣き虫王子ってのがあるね。

でも称号を付けるとして、峰ってレースもターンもスマートすぎて癖がないですよね。でも強い。これを称号にするのは非常に難しい。ミスタースマート?プリンス2号?なんか違うな(笑)桧村さんは「皇艇」はどうですかと言っていたなぁ。

いいんじゃない!
皇艇、峰竜太

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SGグランプリ2020@平和島の振り返り【2】2014年白井英治の忘れ物からの数珠繋ぎ

SGグランプリ2020@平和島の振り返り【1】ここから始まる平和島グランプリ数珠繋ぎ - 競艇コラム - ジュテームとガッデムとボートレース


2014年の茅原悠紀の優勝の時、1号艇だったのが白井英治。このときの優勝という忘れ物を取りに来たと言わんばかりの白井は今年、今村豊さんの引退もあり、今村さんのなしえなかったグランプリ優勝という夢も背負いながら1stからの参戦。

そういえば、今村さんが引退した徳山G1を優勝したのは西山貴浩だったなぁ。

そんな白井は、初戦からみんなの注目を集めるよい舟足。スリットの行き足から伸びがよく、Sで覗いていく感じでした。1Mで捲っていくレースが見たかったのですが、いつも差し。トライアル2nd最終戦は捲りをブロックされ、中途半端なターンで膨れて結果5着。回り足の問題だったのかよく分かりませんが、攻めきれなかったことが悔しい結果となりました。

そこで優出したのはもう1人の山口支部、寺田祥。寺祥と新田雄史は舟足は目立つことはありませんでしたが、そつのない走りで優勝戦に駒を進めた2人でした。

寺祥の優勝戦は3コース。前付けにきた松井繁の内でコースを死守し、1Mは外マイ、2Mは冷静に松井を差して2着。賞金王まであと少しでした。そんな寺祥の娘は今、ボートレーサー訓練生。養成所で父のレースを見ていたのでしょうか。

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SGグランプリ2020@平和島の振り返り【1】ここから始まる平和島グランプリ数珠繋ぎ

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「今年から優勝戦も枠番抽選になりました」という冗談を飛ばした西山貴浩の5日目の勝利者インタビュー。抽選の仕草で手がぐるぐる回っています。っていうか、私はBBCトーナメントを見ていて、グランプリの最後もそれでいいんじゃないかと思っていました。

2020年のグランプリの舞台は平和島!

思い出すなぁ~あの茅原悠紀が6コースから優勝した2014年。あのときは茅原が優勝すると、始まる前から思っていて、その証拠写真がこのブログに残ってるくらい個人的に超思い出。さてその茅原も今年トライアル1stから参戦していましたが、惜しくも次点で2nd行きを逃しました。

2014年から始まった現在のトライアル1st・2nd制、茅原は1stからの参戦だったにも関わらず優勝しました。しかしその後は全て2ndから参戦の選手が優勝しており、優勝戦に進む1stからの選手でさえ1人か2人。しかし今年は実に4人も1stからの勝ち上がり。これは平和島マジックでしょうか?!

そのうち西山貴浩・平本真之・松井繁の3人のエンジンは1stからよく見えました。

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モーターとボートのお値段

群馬県にあるヤマト発動機株式会社では、ボートレース事業に関連するものを製造、販売しています。

【会社紹介MOVIE】


大きなものでは、自動発艇機のついた発着ピットやネトロン、小さなものでは回転計など、ボートレースを開催するための設備を取り扱っています。

全国のボートレース場とボートレーサー養成所で使用される全てのモーターとボートも、このヤマト発動機株式会社によって開発され、製造、販売されています。

現在使用されているモーターは、全国統一の300型シリーズの減音モーターです。

また、ボートはYM-730型、江戸川専用YM-740型があり、いずれも木造のハイドロプレーンです。江戸川の方が大きめに作られています。

そんなボートレースと寄り添う会社だからこそ、20年間お値段据え置きでボートレースに貢献しています。

その気になるお値段は、

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今村豊さん、ありがとうございました。

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2020年10月8日、2992今村豊さんが選手を引退されました。

1981年5月徳山でデビュー。デビュー戦でいきなりの1着を飾り、このデビュー節で初優出3着。そのデビューした徳山の地で、2020年9月28日G1ダイヤモンドカップ最終日5Rでの5着が引退レースとなりました。

59歳、A1級でしかもG1競走で選手生活に幕を下ろすという、まだ第一線で活躍されていた今村豊さん。選手生活39年5カ月の生涯勝率は7.76という高勝率。SG優勝は7回、G1競走では48回の優勝、通算勝利数は2880勝、通算優勝回数は142回で生涯獲得賞金は29億円にも上りました。記録にも記憶にも残る真のレジェンドです。

デビューから2年11か月、弱冠22歳で、笹川賞@浜名湖にてSG初優勝を果たします。艇界のプリンスと呼ばれ、超絶な人気を博しました。

努力型天才【今村豊】MB記念2度目の優勝 - 競艇コラム - ジュテームとガッデムとボートレース


「プロペラより技術」という主義で、全速ターンでツケマイを決める、ターン技術に革命を起こしました。「おまえがずっとターンの練習しているから他の選手が試運転に出られへんやないか!」と野中和夫さんがボートで追っかけてきて水面上で怒ったというのはあまりにも有名な話です。しかも今村さんはそこで初めて野中さんとじゃべったとか。ターンの練習をして燃料を使いまくるので、場の人にも注意されたことがあるそうです。レースの時間以外はターンの練習をすることは弟子たちにも強く言い続けました。

私のこのブログには、今村豊さんの言葉をたくさん載せさせていただきました。今村豊さんは人格者であり、ボートレースに対する正義を常に貫かれていた方だと思います。人間的にも素晴らしい方だと伺っています。私は選手ではないのに、とても勉強させていただきました。

今村豊という人格者「実るほど頭を垂れる稲穂かな」 - 競艇コラム - ジュテームとガッデムとボートレース


加藤峻二さんがボートレース創成期の時代を作り、今村豊さんがターンの革命を起こしました。最低体重が52kgへ引き上げられるこの11月を前に引退を決めたそうですが、ボートレースはそれまでいろいろな改変がなされ、その歴史の中に今村豊さんはいました。ボートレースの大きな時代が終わってしまった寂しさを感じざるを得ません。

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